検便パートナー(サンプル)

fantiaの500円プラン作品2022年6月号のサンプルとなります。
本投稿では作品内から一部分を抜粋しています。

https://fantia.jp/posts/1346016

「うへえ、こんなに固くなるまで我慢するなよ……」

 俺は、とある巨塊を目の前にため息をついていた。
 長い期間発酵されたことで強固で黒に近い茶色に染まった大岩、それが俺の目の前に鎮座し悩ませている。
 俺がいる洞窟の道を完全に塞ぐように埋め尽くされる大岩は、手に持ったシャベルでも掘るのには苦労する。
 この大岩は硬いが掘ることができる……否、そもそもこれは岩などではなく、人体によって作り上げられた“人糞”。つまりうんこなのだが。
 俺がいる場所は幼馴染の少女の大腸内。これは、少女が巨人の如く大きいから、ではない。
 逆だ。俺がA級縮小病患者という特異な病にかかって人の体内でも活動できる……できてしまうからこのような場所にいるのである。

 ときは21世紀も半ばを過ぎた頃。
 かつて世間を大きく騒がせた“縮小病”も、今では日常に溶け込む形となって収束した。
 縮小病患者は親しい者……家族や友人に保護され、代わりに細かい作業などの頼み事は縮小病患者向きとして引き受ける。
 そんなギブ・アンド・テイクが推奨される世の中となっていた。
 当の縮小病患者――人によって差は出るが、ここでは通常の生活を送ることが困難なB級、A級、特A級患者――も、今では「日本人」とか「アメリカ人」のような人種の一つとして認識され、縮小病患者を表す言葉として「リリパット」……ガリバー旅行記における小人の国名が使われるようになった。
 高校1年生で縮小病を患った俺も、今ではリリパット。自宅では家族に、学校では幼なじみの花村香織に助けられて生きている。
 身長が小学1年生サイズに縮むC級患者ならまだしも、膝下まで小さくなるB級や1cmまで小さくなるA級……珍しい例だが、1cm未満の特A級患者はパートナーとなる人がいなければ日常生活すら送ることができない。
 幸い俺には家族も、仲のいい幼なじみもいるが彼らには頭が上がらない(実際は見上げても顔が見えないほどなのだが)。
 そんなこんなで俺は、憂鬱になりながらも毎日を送っている。
 ピンポン、と自宅のチャイムも鳴り、外でのパートナーである香織がやってきた。

「おじゃましまーす。武くんはいますか?」

「ここだー! 足元を見てくれ!!」

 扉前で待機していた俺は、ドアを開いてやってきた香織に叫ぶ。普通の物理法則なら、身長150cmの人間とアリサイズの存在がコミュニケーションを取ることなど不可能だが、リリパットはその症状と引き換えに様々な超人的能力を得ている。
 叫ぶ必要があるとはいえ、健常者とコミュニケーションが取れるのもその一つだ。要するに、声が大きい。

「おはよう、今日も元気だね。それじゃ、行こっか」

 挨拶もそこそこに、香織はしゃがんで俺に巨大な手を差し伸べる。
 指の一本一本が神話の龍の如く威圧感を放っているが、それを伝えては香織も怒るだろう。
 だが、今日の香織は若干表情が曇っていたのは少し気になる。

 暑い日差しが照らす通学路。俺は香織の胸ポケットに入れられて登校していた。
 話すことと言えば、今日は健康診断のために検便をする必要があるのだが……仮にも女の子の香織に話すことでもないな。
 沈黙が続き、昨夜のドラマを見たか? などと他愛もない話を振ろうとした矢先、異音が響き渡る。

 ぎゅるるるる……。

 音の発信源は、地面の方向。しかし、それは非常に近くの場所で……香織の下腹部辺りから聞こえた、ような気がした?

「香織……?」

「な、なにかな?」

「大丈夫か?」

「なんのことかな!?」

 明らかに、焦っている。

「いや、お腹からすごい音が聞こえたんだが」

「気のせい……うっ!」

 ぐぅるるるる!

 再び鳴り響く音。
 周囲には俺たち以外誰もいないが、もし通行人がいたのなら、何事かと振り返っていたかもしれない。

「大丈夫じゃないだろ」

「うう……」

 「実は、その……」と言いながら、香織は事情を話し始める。
 繰り返される異音の原因、それは要するに。

「便秘!?」

「ちょっと、声が大きいよ! 近くに誰もいないからいいけどさ」

「すまん。だけど、大丈夫なのか? その……検便とか」

「大丈夫じゃないかも。結局今日まで全然出せなくて」

「今日までって……キットもらったの、1週間前だろ」

「そうなん……だけどぅ!」

 話している間にも響く、ぐるるという音。

「全然大丈夫じゃないだろ! 検査も、体調も!!」

「だ、大丈夫……だから!」

「小学生か! いいから、トイレに行くぞ!!」

「ご、ごめんね……」

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