狐祓い

時は安政の世。江戸の街を徳川将軍家茂が収める時代。
とある山奥の神社に、二人組みの人影が姿を表した。
方や元服を終えたばかりの、まだ少年と言っても差し支えないだろう出で立ちの男。
もう一方はその母親だろうか。
狛犬はその二人を無言で歓迎し、神社の奥へと招き入れる。

「ごめんください、この神社の巫女様はいらっしゃいますか」

母が声を上げる。すると、まもなく境内の奥から年若い女性……否。少年とさほど変わらぬ年頃であろう幼い少女が姿を表した。
長く、艶やかな黒髪を背に垂らしたその少女は、白い衣に緋色の袴を履いた出で立ちである。
噂で聞いていたとおり、どうやらこの神社を管理する巫女はまだ幼いらしい。

「私が巫女のサチですが、なんの御用でしょうか」

「実は、息子の弥太郎が狐憑きになったようで……」

狐憑き。この時代に度々見受けられた、動物霊に憑依された人物。
多くは急に暴れだすなどの異常な行動を行うそうだが、この少年は少し違うらしい。

「元服した日を境に、何もものを言わなくなってしまったのですよ。詳しい人に話を聞くと、狐憑きの一種でこの神社なら祓ってくれると」

「なるほど、たしかにこの方の背後には狐の霊が憑いていますね」

「それでは、やはり……」

「大丈夫です。私にお任せください。私はまだ若輩者ですが、こういったものへの対処は既に修めております」

サチは自信満々の様子で、その平らな胸を叩く。
そして、「ささ」と弥太郎の手を引いて社の中へと消えていく。

「この儀式の最中は、私と弥太郎くん以外に中に入れることはできません。申し訳ありませんが、お母様は外で成功を祈ってください。」

その言葉を口にすると、儀式は始まった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

僕は弥太郎、ついこの間元服の儀を終えたばかりだと言うのに、あれから妙に気分が重い。
あまりにも鬱屈した気分で、何も言葉を出すことができずにいたらいつの間にか母様に連れられて山奥の神社へとやってきた。
少彦名命という神を祀っているらしいこの神社には一人の幼い巫女だけが暮らしているらしいと聞くがなるほど、たしかに神社から姿を表したのは僕とあまり歳が変わらない姿の女の子だった。

母様とサチ様が話していると、サチ様は僕の手を引いて社の中へと案内した。
いくつかの提灯の明かりのみに頼った薄暗い社の中、サチ様は僕に振り返ると微笑み、何か呪文のような言葉を口にした。
その呪文はなんなのか、理解する暇もなく異常は起きる。
僕が握っていたサチ様の手は急に大きくなり始め、やがてはその手に触れることすら叶わなくなるほどサチ様の姿は巨大になられたのだ。

「ふふ、驚きますよね。でも、私が大きくなったんじゃないんですよ。弥太郎くんが小さくなったんです」

僕が、小さく?
その真偽を確かめる余裕もなく、目線は巫女様の腰、袴……そして遂にはわらじすらも見上げなければならないほどの大きさへとなってしまった。

「弥太郎くんには、これからある試練を受けてもらいます。それは、女陰の儀というものです」

ニョイン?

「女陰とは、女の子の大切なところの名前です。弥太郎くんは今の大きさ……一分(約3mm)で私の大切なところを探検してもらいます」

女の子の大切なところ……平時であれば興奮の種だが、身の丈一分らしい今の姿では恐怖しか生まれない。

「その姿の弥太郎くんは私の女陰を探検し、最終的には膣を潜って子宮にたどり着いてもらいます。そこで、私の不浄の血を浴びてもらうのです」

不浄の血? 巫女なのに不浄だというのだろうか。

「不浄というのは例えで、新馬(生理)で流れる血のことです。弥太郎くんは男の方ですのであまり関係はないと思いますが、私達は一月に一度流すことになっているのです。今日がちょうどその日ですね」

スルスル、と薄闇の中で衣が擦れる音が聞こえる。袴を縛る紐は解け、パサリと床へ落ちる。
目を凝らすと、そこに立っていたのは巨大な女神の姿だった。
幼い顔立ちで、クリリと可愛らしい目でありながら真剣そうな眼差しを僕へと向けるサチ様は、まさしく女神というほかない。
白く透き通った色をした二本の巨塔は黒い森林の生い茂った州で合流している。

それでは、というとそれ以上の問答は無用だと言わんばかりにサチ様は僕を摘んだ。
元々か細かったその指は、今では丸太のように巨大で太い。
それからサチ様は横になり、僕を漆黒の森林が生い茂る股ぐらに降ろした。

「…………!!」

神聖なそのお姿から可能性を全て排除してしまっていたが、サチ様も人間。そして、この場所は股ぐら。
すなわち、人間の生理現象が行われる場所に極めて近い場所であった。なので、この臭いはまさしく……

「(おしっこの臭い……すごい)」

漆黒の森林は表皮から発せられる汗と、サチ様の尿の残滓の混ざりあった極めて不快な臭いに満ちていた。加えて、湿気も多く長い滞在は心をおかしくしてしまうことが予想される。
おおよそ人間のいられる場所ではないこの森林。サチ様はまっすぐ歩けばいいと言っていたが、これでは歩くことさえ体力を大きく削る。

漆黒の巨木――一本一本が巫女様の陰毛に過ぎない――に体を預けて休みつつ、歩くこと何時間経っただろうか。あるいは、さほどでもないのか。
ズルリと転んでは、立ち直り。またズルリと転んではポチャリと水たまりに顔から倒れ込む。もはやこの水たまりが汗なのか、それとも巫女様がおしっこを拭き残してしまったのか……それすらわからないが、何度も転倒と起き上がりを繰り返していると遂に開けた場所へとたどり着いた。

辺りに巨木は見えず、あるのはぷっくりとした肌色の丘だけ。これが巫女様の言う、第一の目的地「陰裂」、大陰唇と呼ばれる場所だ。ここはただ登るだけでよく、頂上の割れ目からこの身を滑り込ませて第二の目的地、「陰門」。あるいは小陰唇の内側。

この空間は、今まで以上におしっこの臭いが強く正常な思考はもはや叶いそうにない。
早く、この試練を乗り越えて狐を祓ってもらわねば……
その一心で、僕は手近な穴へと身を投じる。

「あっ、そっちは尿(いばり)の穴です!」

えっ。
その言葉の意味に気づいた時は既に遅く、縦穴を潜っていくと底へとぶつかる。
……サチ様の言葉を察するに、ここはサチ様の尿道と言ったところだろうか。
戻ろうにも、突起のない縦穴は登りようがなく……
困っていると、外から声が聞こえる。

「仕方がないですね、すぐ出してあげますから、我慢してくださいね」

足元の床にぽっくりと穴が空いたかと思うと、その奥からは黄金の濁流が解き放たれて僕は外……尿道口の直ぐ側まで戻された。

「目的の膣は別の穴です。間違えないでくださいね」

次は間違えない、そう心に誓ってもう一つの穴へと潜り込む。
入り口にはうっすらとした膜のようなものがあったが、隙間から難なく潜り込むこともできた。
壁からはザアザアとサチ様の血潮が流れる音が聞こえる。
そして、子宮の門である壁をも潜り抜けるとそこで……
真紅の怒涛、鉄の味、赤黒いナニカ。
それを真正面から浴びた僕は何も考えることができず、意識を失った。

それからいくつ時間が流れただろうか。気がつくと、僕は社の中で倒れていた。
サチ様は僕を心配そうに見つめる……その顔は、巨大なものではなく僕とさほど変わらない大きさであった。

「サチ……様?」

思わず、口にした

「良かった、目が覚めたのですね。それに言葉も口になさっている」

そうだ、言葉。僕は狐に憑かれて言葉が喋れなくなっていたのだ。

「ありがとうございます!」

「いえ、全ては神のお力と貴方自身の意志の強さです。試練を乗り越えたのは他ならぬ貴方自身ですよ」

そうして、僕たち親子は礼をすると神社を去っていった。
あれから幾月たった今も、あの神社にはサチ様が一人で過ごしているのだろうか。

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