親子の絆

 周囲に真っ暗な影が覆うなか、私は今茶色の固形物に包まれ、黄金の海を漂うなか歓喜の叫びを上げていた。
 この茶色の物体や黄金の液体は全て、目に入れても痛くない私の愛娘から出されたもの、つまり娘の糞尿である。いくら愛娘の排泄物であろうと臭いものは臭いし、第一私に糞尿を浴びて喜ぶ趣味はない。
 しかし、私はそのような環境でなお喜びの声を上げていた。それにはある訳がある。私は今の喜びを噛み締める為に改めてここに至った経緯を思い返すことにする。

「武藤《むとう》聡《さとし》さん、後は貴方の決断次第ですよ」

 私は今、ある選択を迫られていた。私に選択を迫るのはスーツに身を包んだ巨大な二人組の人間である。否、彼らが大きいのではなく正しくは私が小さいのだが。
 私は数年前からミニマムシンドロームという病に患っている。この病は感染すると途端に身体が0.5mmまで縮むという奇病で、日本では極小症候群とも呼ばれる。

 極小症候群は通常、決して治らない病ではないと言われている。しかし、何事にも例外はあり、私は運が悪くその例外に当てはまってしまったらしい。
 私のような例外の患者を、正しい処置をすれば完治する良性患者に対し、正しい処置を施しても決して治らない悪性患者と呼ぶ。
 この正しい処置というのも相当特殊なものなのだが、今は置いておくとする。ただ一つ言えるのは、極小症候群患者の治療法を巡って過去に様々な論争が行われたということである。

 私の前にいる二人の巨人は、『親子の絆』というバラエティ番組のスタッフである。
 この番組は、極小症候群患者を抱えた家族の様々な課題を与え、それが達成されれば挑戦者に対し莫大な賞金、300万円が与えられるという企画である(しかし、その番組の姿勢には様々な疑問点があり、方々で批難を浴びている)。

「しかしな、和美《かずみ》、お前はそれでいいのか?」

 私は背後にいる巨大な少女、義理の娘である和美に声をかけた。この番組の企画は過激な描写があり、私は娘にそのような目に会わせたくなかったのである。
 私の頭と和美の耳までは、相対的に高層ビル以上の距離があるが問題なく彼女の耳に声は届く。私の身体は0.5mmしかないが、極小症候群患者となったことで体質が変化し、声が響くようになったのである。

「大丈夫だよ、お義父さん。私ももう高校生だもの。お義父さんが家計を支えるのが大変だってわかっているから」

 極小症候群の悪性患者を抱えた家庭には生活保護が与えられる。しかし、数年前に妻を亡くした私の家は生活が苦しい。極小症候群患者になってなお、私はできる仕事をこなす日々が続いている。

 和美はそういった事情を理解しているようで、大人しいながらも芯の通った声で覚悟を表す。

「そうか、なら私も覚悟を決めよう」

「では、参加していただけるのですね?」

 番組のスタッフは確認を取る。

「ええ、私たちは貴方がたの番組に参加させてもらいます」

「では、後日改めて迎えに伺わせていただきます」

 その言葉を最後に二人の巨人は我が家を去っていった。これが、二週間前の話である。

「レディース、アンドジェントルマン!! 今夜も麗しい家族愛を見せる一組の親子がやってきてくれました!」

 そして番組当日。私たち親子の耳に番組MCの声が響く。

「今日の挑戦者は武藤聡さん、和美さん親子。挑戦していただく種目は『体内巡り』です!」

 この『体内巡り』という種目は挑戦者となる患者に対し体内の液体を防ぐ油を塗り、もう一人の挑戦者である家族が飲み込んだマイクロチップを、挑戦者が体内に潜入して発見することが目標である。
 このマイクロチップは絶対に溶けないようにできているが、家族はマイクロチップと同時に食事をするように命じられる為、食事の残骸を掻き分けて胃の中でチップを見つけ出すのは困難である。
 もし次の日の朝、排泄されるまでに見つからなかった場合もロスタイムがある。その場合ペナルティとして排泄者は利尿剤を飲み、排泄後に放尿しなければならない。
 またロスタイムに関わらず、カプセルを見つけた家族を糞尿の中から発見しなければならない。

 このようなルールの為、娘の体内に進入する私は勿論のこと、人衆の前で排泄行為をしなければならない和美には非常に大きな負担になる。
 私自身は極小症候群患者特有の非常に頑丈な身体のおかげで、人の体内でも生きていけるから我慢できるのだが、娘には辛いことだろう。

 私に外部との連絡用のトランシーバー、撮影用のカメラとライト(極小症候群患者は暗視が可能なので、ライトは本当に撮影用である)が渡された頃、和美は食事を終えてマイクロチップを飲み込んだ。いよいよ私の番である。

「お義父さん、頑張ってね」

「ああ、お前が恥をかかないよう精一杯頑張ってくるさ」

 私を掌に乗せた和美は私を口の中に運び、丸呑みにした。
 私の0.5mmの身体では食道の圧迫感などもなくすんなりと噴門まで到達し、そのまま和美の胃の中へと落下した。

 胃壁は綺麗なピンク色をしており、いっそ幻想的とも取れる空間だが、胃液の湖の中には、先ほど番組で提供された食事がどろどろに溶かされており、悲惨な光景を生み出していた。
 食事はついさっき食べたばかり。胃の内包物が十二指腸に送られるまでのタイムリミットはおよそ二時間から三時間あるが、それを過ぎればマイクロチップの確保は困難だろう。急がなければならない。

 胃は攪拌運動により内包物をシェイクし始めた。私も胃の運動によって三次元的に振り回されるが、必死にチップを探す。

「うっ!」

 そうしていると、突如後頭部に衝撃が走る。一体……何が……。

「う……ここは……一体……」

 気がつくと、私は周囲を真っ茶色の柔らかい壁に覆い尽くされていた。息をすると卵が腐ったような強烈な臭いが鼻をつく。

「まさか、私は和美のウンコに包まれているというのか」

 どうやら私は和美の胃の中でかき混ぜられている間に後頭部にマイクロチップがぶつかり、気を失ってしまったようだ。そして、気を失っている間に胆汁を浴び、食べ物ともども和美のウンコにされてしまったらしい。
 こうなってしまったらマイクロチップを探すことなどできやしない。和美には申し訳ないが、排泄されるのを待ってロスタイムを期待しよう。

 ミチッ! ミリミリミリ、ムリッ! ボトッ、ボトッ!

 私のすぐ近くから異音が聞こえてくる。大便が排泄される音だ。もうすぐ私も和美の外に出されるのだろう。
 そう考えている間に、ウンコの隙間から光が差し込み、次の瞬間には床に叩きつけられる衝撃を覚えた。

「武藤聡さんは無事、娘の和美さんの体の中から脱出できました。しかし、マイクロチップは持っていません。これからロスタイムに入ります。和美さん、準備はよろしいですね?」

「はい、……恥ずかしいですけれど、今からその……おしっこをします」

 和美は宣言をすると、陰毛が生えた股間から、私をめがけて黄金の滝を放出した。私は滝の水圧に吹き飛ばされる。しかし、幸運なことに、吹き飛ばされたその先にはちょうどマイクロチップがウンコに刺さっていた。

「おおっと、聡さん、これはラッキー! どうやらマイクロチップは聡のすぐ近くのウンチに刺さっていた! これで賞金300万円は武藤さん一家のものだ! おめでとうございます! 本日は番組に参加していただきありがとうございました!」

 結局娘には恥をかかせてしまったが、おかげでしばらくは生活が楽になる。
 喜びを噛み締めて私たちは帰路へとついた。

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