蒸した牢獄

「……!!」

「……!!」

今は高校の昼休み、教室では生徒たちが団欒の時を過ごしている。
僕も、他の生徒達と同じように仲のいい友達と会話を楽しむ。
唯一違うところは、僕は彼らとは違い、身長0.5mmの非常に小さな体だというところだ。

ミニマムシンドローム。
感染すると必ず、身長が0.5mm前後まで縮むという奇病。それが僕の病だ。
体が縮めば、様々な点で日常生活に不便をきたす……と思われがちだが、この病の特殊な性質として患者に様々な特殊能力を与えるというものがある。
特殊能力、と言っても日常生活を補助するためのサポートでしかないが。
例えば、普通は体が小さければ発せられる声も小さくなると思われがちだが、患者の多くは体が縮むと声が響くようになる。また、暗視能力が手に入り、暗いところでも視界が暗闇に遮られることはない。
体も頑丈になり、窒息や圧力などでは中々死ななくもなる。

まあ、この能力があっても所詮は小人と揶揄される存在。
移動の際はどうしても他の人の手を借りなければ、数mの移動さえもままならない。
大半の患者は、とある手段を用いることによって元の体に戻ることができるが、中には体が戻らない人もいる。
悪性患者と呼ばれる人間。僕もそのうちの一人だ。

男友達と会話を楽しんでいると、チャイムが鳴り響く。

「おっと、時間だな。次は移動教室か……。俺は先に行っているけど、湊。お前はどうする?」

どうするというのは、彼が僕を運んでくれるということだが、残念ながら彼の行為に甘えることはできない。

「あー……。ごめん、教科書の準備がまだだから先に行ってて。僕は他の人に運んでもらうから」

「そうか。じゃあ、遅れるなよ」

そう言って、彼は教室を出ていった。
ミニマムシンドローム患者用の教科書を揃えた頃には、教室には他に1人しかいなかった。
入谷明乃さん。僕と親しくしてくれる女友達だ。
艶やかな黒髪をストレートに伸ばし、眼鏡をかけた彼女は僕の様子を伺っている。

「あ、明乃さん。もしかして待っててくれた?」

「う、うん。皆教室を出てっちゃったからどうしようかなって。……私が湊君を運んでもいいかな?」

確かに、彼女まで先に次の教室に移動していたら僕は途方にくれていただろう。
僕は彼女の善意に甘えることにした。

「狭いかもしれないけど、我慢してね」

そう言うと彼女は僕をセーラー服の胸ポケットに入れた。
狭い、と明乃さんは言うが身長0.5mmの身ではこの胸ポケットすら広大に感じる。
じっとしていると、彼女の胸の鼓動が身近に感じられる。なお、胸ポケットの内部だからといって圧迫感は感じない。運んでもらっておいて失礼だが、明乃さんはあまり胸がないようだ。

しばらくすると、異変を感じる。

「……っ!」

明乃さんが、小さな声を漏らした。

「どうしたの、明乃さん」

「あ……だ、大丈夫……」

大丈夫、と彼女は言うが、その声には焦りを感じさせる。

「本当に? 無理はしないほうがいいよ」

「……ごめん、やっぱり無理!!」

彼女は限界の言葉を口にする。
それで堰を切ったように、胸ポケットは大きく振動する。
……明乃さんが走り出したようだ!

揺れる胸ポケット。振動に耐えられない僕はその内部を転がる。
胸ポケットの内側を転がっていると、布の切れ目が見える。このままでは落ちてしまう!
だが、大きな振動に耐えられない僕は転がり続けることしかできない。
間もなく、問題の切れ目へと到達する。仕方がない、なんとかふんばろう!
僕は胸ポケットの断面をなんとか掴む。これで、落下して廊下をさまようことはないだろう。

と、僕が布の崖で頑張っていると揺れが一瞬収まる。

「……ふう」

僕が安心して息をこぼすと、今までとは異なる音が聞こえてくる。

シュルシュルッ
パサァ

「この音……は?」

まるで、何かを脱ぐ音に聞こえたが、一体これは何を意味するのだろうか。

「湊くん……お願いだから、耳を塞いで!」

明乃さんが懇願の言葉を口にすると、急に重力が変わる。
エレベーターが停止する際のあの浮遊感。それが一番近いだろう。
不意の感覚に体が付いてこれず、僕は思わず手を離してしまった。

「……!!」

いきなりの展開、そして落下する恐怖に僕は声をだすことができなかった。
このままでは地面に落下する!
そう、覚悟していたが現実は違っていた。

ポチャン

「え……?」

辺りは湖のように水が広がっている。
四方は純白の壁に覆われているが、ところどころ黄色い染みや茶色い染みのようなものが見える。
そして、頭上を見上げると白に近い肌色の天蓋で塞がれている。
その天蓋からは、山を逆にしたような構造物が垂れている。

「……」

突然の展開に、僕は呆気にとられ、しかしすぐにこの土地に想像が付いてしまった。
ここは、まさか女子トイレ、しかも洋式の中!?

明乃さんの焦ったような声、あれはトイレに行きたいというサインだったのだ。
つまり、これから起きる現象も予想ができてしまう。

「明乃さん、待って!!」

ジャワワー

水の流れる音がする。しかし、実際にはトイレの水は流れていない。
明乃さんが音姫、トイレ用擬音装置を使ったのだろう。そして、その事実は僕にとって悪い方に作用してしまう。音姫が原因で、明乃さんの耳に僕の声は届かなかったようだ。
その証拠に……

チョロロロ……

頭上、薄ピンク色の割れ目から黄金の雫が溢れ出す。

ジョボボボボ……

徐々に、その雫は量を増していき、黄金の滝の様相を呈してくる。

ジョー! ジョロロロロ!!

そして、僕は何も成すことができずに明乃さんの体液でできた、黄金のスコールを浴びてしまう。
天上からのスコールにより、僕の体はトイレの水へと沈んでしまう。

明乃さんから排泄された小水――何とも言えない味だった――を飲み込んでしまった僕だが、安心するのはまだ早かった。

「う……うん……」

桃色の天蓋の更に上に位置するところから、明乃さんの声が聞こえてくる。
なにか……まるで気張っているかのような声だが、これはもしかして……?

僕の予想は最悪の形で当たってしまう。
天蓋より垂れ下がる双丘、その中央に位置する暗黒の穴……もとい、菊の門がミチミチと音を立てて広がっていく。

「待って! 僕は今、ここにいる!!」

僕は声を大にして叫ぶ。しかし……

ミチミチ……ミチミチ……

明乃さんの菊の門は虚しく広がっていく。
おそらく、明乃さんはウンチをするのに集中して僕の声が聞こえていないのだろう。

ミチ……ミチ……

僕の頭上へと、茶色く太い棒が迫ってくる。
これが、明乃さんのウンチ……
普段優しく、大人しい明乃さんかれこれほど大きなウンチが出てくることに、僕はショックを隠せなかった。

ジャポン!!

……運良く、明乃さんのウンチは僕の真横へと落ちてくれた。いくら頑丈な体とは言え、流石にウンチにぶつかりたくはない。

安心……するのはまだ早い。明乃さんは僕が胸ポケットにいると思っているのだ。このままでは流されてしまう!

「明乃さん! 僕はここにいる!!」

改めて、声を大にして叫ぶ。

「湊……くん?」

天蓋を覆う明乃さんのお尻は消え、代わりに明乃さんの顔が覗いてくる。

「湊くん!? なんでそんなところにいるの!?」

「ごめん! 胸ポケットから落っこちちゃったみたいだ!」

明乃さんはそれを聞くと、絶望したような表情を見せる。
当然だろう。年頃の女の子が異性に、自分の恥ずかしいところを見られたのだ。僕は、このまま流されてしまうことも覚悟した。

「……湊くん、見ちゃった……よね?」

「……ごめん」

それだけ言うと、明乃さんは僕をトイレから掬いだし、水道の水で汚れを洗い流してくれた。
流石に全身水浸しで授業に参加することはできず、以降の授業は明乃さんがごまかしてくれて欠席扱いとなった。

そして、放課後。

昼休みのショッキングな出来事に呆然としていると、クラスの女子が僕に話しかけてきた。

「ちょっと湊くん、明乃ちゃんが言ってたことって本当!?」

どうやら、彼女は明乃さんから昼休みの出来事を聞いてしまったようだ。
……明乃さんからすれば当然だろう。同年代の異性に、見られたくないところを見られてしまったのだ。誰か、頼れる友達に相談するのも全くおかしくない。

「……うん」

「湊くん……!」

僕は、正直に全て話した。自白している最中の明乃さんの顔は、怖くて見ることができなかった。

「湊くんは……!」

「明乃ちゃんは黙ってて!」

その気迫に、被害者であるはずの明乃さんも竦む。
一体、僕はこれからどうなってしまうのだろうか。

「ちょっと、貴方達こっちに来なさい」

彼女に案内され、僕たちは教室を出る。
案内された先は、女子トイレの個室だった。

「どうして、こんなところに?」

明乃さんが疑問を口にする。それは僕も思う。
まさか、今度こそ僕をトイレに流してしまうのだろうか。

「湊くん、貴方に明乃ちゃんの全てを受け止める覚悟はある?」

「え、それは……」

これは、僕に明乃さんと付き合え、という意味なのだろうか。
正直、僕は明乃さんが好きだ。だけれど、こんな身長0.5mmの身で彼女を支えることなんてできるのだろうか……

「難しいこと考えてそうだけれど、今は明乃ちゃんのどんなものでも受け入れられるかだけを考えて」

僕は……

「僕は、明乃さんが好きだ。好きな子のことだったらどんなものでも受け入れるよ」

言って、しまった。よりにもよって、あんなことがあった後で。
明乃さんはそんな僕をどう思うだろうか。やっぱり、軽蔑するだろうか……

「そう、よかった。じゃ明乃ちゃん、何も聞かずにこれを付けて」

「え、これって……?」

彼女が取り出したのは、女性用貞操帯。
なんでこんなものを彼女は持っているのだろうか。

「湊くん、明乃ちゃんの全てを受け入れるって言ったわよね」

「う、うん。そうだけど……」

それがこの貞操帯とどう関係するのだろうか。

「じゃあ、明乃ちゃんの汚いところ、全部受け入れなさい。それが、明乃ちゃんのトイレするところを見てしまった貴方への罰よ」

「!!」

「私は、どうすれば!?」

どうやら明乃さんも困惑しているようだ。が、彼女が明乃さんに耳打ちすると顔を赤らめながらも納得したようだ。
一体、何を話していたんだ?

「明乃ちゃんも納得したようだし、湊くんも覚悟なさい」

そう言うと、彼女は僕の体を貞操帯に結びつけた。……0.5mmの体を結びつけるなんて、どこまで器用なんだ。

「明乃ちゃんも、この湊くん付き貞操帯を付けてね。……大丈夫。明日の朝になったら外してあげるから」

そう言って彼女は僕ごと、貞操帯を明乃さんに取り付けた。
僕がいるところは、貞操帯がちょうど女性の股関節を覆うところ……
つまり、明乃さんの女性器の正面だ。僕たちは高校生だが、明乃さんの女性器には陰毛は見当たらず、きれいなピンク色のクレバスだけが僕の目の前にある。だが、もはやこの状況になってしまうと異常事態が起きすぎて何も考えられなくなる。

「じゃあ、二人共頑張ってね」

それを最後に、どうやら彼女は去っていったようだ。女子トイレには明乃さん、そしてその股間に張り付いた僕だけが残された。

「えっと、これからよろしくね」

「……うん」

明乃さんはよろしくと言うが、僕はなんと返せばいいかわからなかった。

それからは、僕たちは何も話すこともなく時間が過ぎ去った。が、異変は明乃さんが自宅に付いてから発生した。

「……ごめん、湊くん」

「……どうしたの?」

あまりの恥ずかしさに、僕も明乃さんも口数は最小限となる。そして、彼女は来ることが予想されていた問題発言を口にする。

「トイレに……行きたいの」

やっぱり。まあ、いつかはそうなるよな。

「あ、でも……! 湊くんがいるところ、おしっこが出るところから少し下みたいだから……だから直接当たったりはしないと思うの!!」

自棄になったのか、明乃さんはとんでもないことを言い出す。あまりの非日常的な状況に、パニックになっているのだろう。僕はそう考えることにした。

「い、いいよ。僕に構わずトイレに行ってきて」

「ごめんなさい!」

明乃さんは駆け出したのか、僕も大きく揺れだす。
トイレの扉が開く音がして、それから便座に座ったであろう衝撃が伝わる。
そして……

チョロロロロ……

暗闇の中でも目が見える、ミニマムシンドロームの症状のお陰でこんな自体でも状況把握ができてしまう。
僕の頭上、真上にある小さな穴から透明なの水が溢れ出す。学校でおしっこに言った後だからか、その液体に黄色い濁りはない。
確かに、明乃さんが言っていた通り、僕は明乃さんの尿道正面にいるわけではないようだ。
僕は、その不思議な光景に正直見惚れていた。

ジョロロロロ……

明乃さんの小水はなおも放水され続ける。が、それも終わりは来る。

ピチャン

「うっぷ!」

明乃さんの尿道から零れ落ちた、おしっこの出し残しの雫は僕を包み込む。
おしっこの残り、と言っても僕にとっては一杯になったバケツから零した水に等しい。

「ゲホ! ゲホ!」

思わず、咳き込む。なるほど、これが『明乃さんの全てを受け入れる』ということか。

「大丈夫!? 湊くん!」

「だ、大丈夫だから。気にしないで」

明乃さんは僕を心配してくれるが、これを耐えることで僕が明乃さんのトイレを見てしまった罪が許されるなら安いものだろう。……トイレを見た罪を償うために、明乃さんの女性器の前に監禁されるのでは本末転倒な気もするが、他に思惑があるのだろうか。

それから数時間経ち、明乃さんが寝る時間となったが軽い雑談ができるようになった他は大きな変化はない。
途中、明乃さんがお風呂をどうするか心配していたが、ミニマムシンドローム患者は長い間呼吸をしなくても生きていられることを教えると安心してお風呂に入ってくれた。……帰宅直後に浴びた、明乃さんのおしっこを洗い流せたのは思わぬ収穫だった。
寝る直前にも、明乃さんは改めてトイレに行ったが、帰宅直後の焼き直しである。強いて言えば、これからお風呂にはいることはないから僕の体は明乃さんのおしっこを浴びたままだということだろう。

深夜……時計を見ることはできないから実際にどうかは分からないが、おそらく深夜だろう。
僕は喉の渇きにより目が覚めた。思えば当然なのだろう。ここは明乃さんの股間に密着している場所なのだ。汗と体温で温度も湿度も凄い事になっている。

「うう、水……」

僕は呻く。が、当然それに答える者はいない。明乃さんが起きていても、流石に貞操帯の中に飲み物を用意することなどできないだろう。

「仕方がない……よね……」

男性として、いや、生き物としてのプライドが大きく傷つけられるがこれ以上は熱中症になってしまう。
僕は明乃さんの体表から溢れてくる汗、それに貞操帯に阻まれて拭き取ることができなかったおしっこを飲んで、朝まで耐え続けた。

次の日、学校。
学校に着くやいなや、明乃さんと貞操帯を取り付けた女子生徒は女子トイレへと駆け込んだ。

「明乃ちゃん、それに湊くん。よく頑張ったね」

「私は、何もできてないです……」

「とにかく、今外してあげるからね」

その言葉通り、僕が取り付けられていた貞操帯は外され、視界を光が覆い尽くす。

「それで、どうしてこんなことをしたんだ」

僕は今まで抱いてきた疑問を口にする。

「吊り橋効果って知ってる?」

「危険な状況に陥った男女が連帯感から恋愛感情を結ぶこと、だよな」

「ええ、そうよ。私は貴方達の恋を成就させたかったのよ」

「……」

明乃さんは、薄々わかっていたのか俯く。

「つまり、これは……」

「危険な状態に追い込まれた湊くん、そして湊くんの命を握ることになった明乃ちゃんが1日緊張したまま常に一緒にいることで、二人が結ばれるようにしたかったの」

僕は、呆然として何も言えなかった。

「でも、湊くんは明乃ちゃんが好きって言ってたし、何もここまでする必要はなかったわね」

テヘ、といいながら彼女は自分の拳を頭に当てる。
それを見て、僕は……

「テヘ、じゃなーい!!」

あまりにも不思議で、危険で、だけどどこか蠱惑的な一日だったが、結局は彼女の思惑通り、僕と明乃さんは末永く結ばれることになった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です