ハイキングの悲劇

 今俺の目の前には現実では考えられないような光景が広がっている。
 辺りは薄茶色の荒野が広がっている。しかし決して自然が無い退廃的な世界、というわけでは無い。
 むしろ荒野の奥を見ると、緑色をした巨大な植物を何本も見つけることができる。それは一本一本が高層ビル並みに巨大であるが、本来ならそこまで巨大ではないということを俺は知っている。
 あの巨大な植物は雑草。そう、ただの雑草なのである。
 俺は折角の高校の夏休みだからと幼馴染の日比野響子と共にこの山にハイキングに来ていた。しかし、急に小便をしたくなった俺は登山ルートを外れて草陰に移動したのだが、突如として周りの光景すべてが大きくなってしまった。

 こんな奇妙なことになった原因は、俺がたった今感染したらしい奇病にある。
 奇病、ミニマムシンドローム。日本では極小症候群として知られているその病は、発症すると身体が0.5mmに縮んでしまう。
 この病は予防薬も特効薬もなく、一度患うと特定の手段を行わない限り治ることはない。そして、その手段というのも、俗に聖女と呼ばれる少女のみに行えるもので、方法が方法なのでこんな山中では流石にできない。
 幸い極小症候群患者は個人差はあれど声が響くようになるので、精一杯助けを求めるしかない。幸い近くの登山道には響子が待っている。しばらく待っていれば不審に思い探しにくるだろう。

 うーん、善ちゃん遅いなあ。どうしたんだろう。おしっこって言ってたからそんなに時間はかからないと思うんだけれど。
 私は一緒に近くの山のハイキングコースを歩きに来た幼馴染の田村善晴がトイレに行ってから帰ってこないことを不審に思い始めてきた。いや、普段なら少し時間がかかるくらい気にしないのだが、今は事情が違う。
 実は善ちゃんがトイレに行く前から、私もおしっこをしたくなっていたのだ。今日は暑く、お茶を飲みすぎたのが悪かったのだろう。
 あの時は乙女の尊厳もあり、なんでもないようにしていたが、今は正直辛い。すぐにでもお花摘みに行きたい程である。

「あー、もう! 善ちゃんの馬鹿!」

 私はこの場にいない幼馴染に悪態をつき、善ちゃんが向かった草陰に行き、彼を探すことにした。
 早く見つけて休憩所に行こう。今ならまだなんとかなる。

 多分、この辺りだと思うんだけれどどこにもいないなあ。いたずら……はないよなあ。そんなことするような奴じゃないし。

「善ちゃーん、どこー!? 早く行こうよー」

 私は見当たらない幼馴染に向けて呼びかける。しかし、反応は返ってこない。何かの音は聞こえてくるのだが、尿意に意識を取られて聞き取ることができない。
 ……駄目だ、休憩所までならもっと思っていたけど善ちゃんが見つからない以上間に合いそうにない。
 漏らすよりはマシ、そう自分に言い聞かせてここでおしっこをしてしまおう。

「響子ー! ここだー! 気づいてくれー!」
 俺の予想通り、響子は俺を探しに来てくれた。そこまでは良かったのだが、事態は思っていたよりも不味そうだった。
 どうも俺の声が響子には届いた様子がない。辺りをキョロキョロとして俺の姿を探す。極小症候群患者の声は響くといっても、個人差がある。俺の声は不幸にもあまり響かず、彼女の足下からでは音が届かないようだ。

 諦めずに声を上げ続けると、響子が急に周囲を見回すのを止める。もしかして気づいてくれたのか? そう期待したが、願いは叶わなかったようだ。
 響子は突然自身が履いているオレンジ色のハーフパンツを掴み、下着の真っ白いショーツごと地面に下ろしその場にしゃがみ込む。

「ちょっ!? 何やってんだ、お前!」

 思わず声を上げる。初めて見た幼馴染の恥ずかしい姿、こんな状況でなければ嬉しかったのかもしれない。しかし、今はただ困惑しかない。
 俺の頭上には未だに毛が生えずに性器を露出する巨大な幼馴染の姿がある。この体勢はまさかあれだろうか。

「嘘だろ、おい……」

 呟くが、返事をする者はどこにもいなかった。

「う、うーん」

 遥か頭上から幼馴染の唸り声が聞こえるが、それは俺の望むものではない。
 頭の上では巨大な性器がひくひくと蠢き、今にも尿を放出しようとし、更に頭上では断崖絶壁のような体型のおかげで、響子の目を瞑る顔がよく見える。……見えたところで、彼女が今からおしっこをすると確信できるだけなのだが。

 そして、遂に時は訪れた。

 チョロチョロチョロ、ジョー! ジョワワー、ジャー! シャアアアー!

 響子の膀胱内部に溜め込まれたおしっこは黄金の奔流となって幼馴染の性器から放出される。
 彼女の真下にいた俺はモロにおしっこの濁流を身に受け吹き飛ばされる。俺がいた場所は薄茶色の荒野が見事に抉られており、その水圧を証明する。
 そんな水の大砲を受けても俺が意識を保てるとは、極小症候群患者が死ににくいという話は真実だったのだろう。

 シャワー、シャワワー。

 響子の足下にはまだ黄金の滝が流れており、薄茶色の荒野だったここも今では黄金色の湖である。

 こんなにおしっこが流れるとは、よほど我慢していたのだろう。もしかしたら俺に気付かなかったのは余裕がなかっただけなのかもしれない。

「おーい、響子ー! 俺はここだー!」

 俺は改めて声を上げる。すると、今度こそ反応があったようだ。

「え!? 今の声、善ちゃん? 善ちゃん! 今どこにいるの!?」

「下だー! お前の足下だー!」

「え、足下?……嘘!? まさか善ちゃん、極小症候群になっちゃったの!?」

「そうだ! 早く助けてくれー!」

「もしかして、見ちゃった?」

 雲行きが怪しい。

「……すまん」

「……バカー!!」

「ちょ、おま!」

 響子は最後に残った尿を振り絞って俺におしっこを浴びせ掛けた。

「ごめん、早く病院に行こう!」

「さっさと行って治してくれよ。確かお前、一応聖女だったろ」

「今までこの地域に患者はいなかったから善ちゃんが初めてだけれどね」

 響子におしっこを浴びせ掛けられた俺は病院でカテーテルを貰い、ミニマムシンドロームの唯一の治療法として、聖女である響子の膀胱の中で5時間過ごし無事に元の大きさに戻ることができた。

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