生暖かい方程式(サンプル)

fantiaの500円プラン作品2021年9月号その4のサンプルとなります。
本投稿では作品内から一部分を抜粋しています。
https://fantia.jp/posts/918668

 その言葉とともに、少女は俺に何かを突き刺した。
「うっ、これは……なんだ!?」
「非常用の縮小薬です」
「俺を縮めて、踏み潰そうってのか……密航者対策にしては物騒じゃねえか」
 そう話すうちに、俺の身体はどんどんと縮んでいく。
 少女の首筋に当てていたナイフも手落とし、倉庫内に金属音が響き渡る。
「私はそんな残酷なことはしませんよ」
「じゃあ、なんのために……!」
 俺の目線は少女の腰に巻いているスカート。そのカーテンの先端まで落ちていた。縮小化は止まらない。
「冷たい方程式、知ってますか?」
「学はないんでな。知らねえよ」
「西暦時代に書かれた小説です」
「その作り話が、どうしたってんだ」
 身長は更に下がり、少女の靴、それの足が出る場所まで落ちてしまった。靴の穴からは少女の臭いが漂い、鼻をつく。
「小説の中では、血清を届ける小型宇宙船に一人の密航者が紛れ込んでいました。宇宙船の行き先にいる家族と会うためです」
「…………」
 縮小化は徐々に落ち着くが、ついに俺は少女が履く靴の回しテープほどの背丈になってしまう。
「宇宙船に積まれている燃料や酸素は最小限のものでした。つまり、密航者がいると血清が届けられなくなってしまいます」
「だから、どうしたんだ」
「規則通りなら、密航者はエアロックから宇宙に身を投げなければなりません」
 宇宙は真空。生身なら体中の血液が沸騰して即死だ。
「それで、その密航者は最後どうなった」
「家族に向けた手紙を残し、無線で会話すると自ら宇宙に身を投げました」
「なるほど、俺と似ているな」
 だが、それとさっきの注射になんの関係がある。
「それから時は流れ、宇宙時代の現代。過去に議論すら交わされた冷たい方程式に対し一つの解決策が用意されました」
「聞かせろ」
「縮小薬です。それも、ただの縮小薬ではありません」
「ただの薬じゃない?」
 俺は視線を上げる。
 靴から遥か天高くそびえる巨塔。その先に、巨大な少女の顔がある。
「これは、投与された人間にある種のバクテリアとしての分解能力を持たせる薬です」
「どういうことだ」
「冷たい方程式では、一人の密航者で船内の物資が枯渇する事態になりました。ですが、この薬で密航者をバクテリア化すれば、重量によるエネルギー不足のみならず食料の不足もごまかせます」
「俺が……分解能力を?」
 どういうことだろうか、この結論に対し、嫌な予感が湧いてくる。
「話は変わりますが、宇宙船による航海では常に水不足がつきまといます」
「そ、それがどうしたってんだ」
「人間は一日に数回、液体を出しますよね」
 どこからなにを、とは聞くまい。つまり、少女が言いたいことはこれだ。
「尿の濾過、か」
「学はない、などと言っていましたが理解が早いですね」
「これほど欲しくない正解もないがな」
「私は心配性なので、濾過用のペットボトルは常に使っているんですよ。普通の水こそ非常時のために残したいので」

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