転移事故(サンプル)

fantiaの500円プラン作品2021年6月号のサンプルとなります。
本投稿では作品内から一部分を抜粋しています。
https://fantia.jp/posts/767595

「俺か? 俺はせっかくだから遠くまで冒険をしたいな」
「漠然としてるわね」
「まだ誰も辿り着いたことのない秘境、地平の彼方まで行ってみたい。それが俺の目指す冒険者だよ」
「誰も行ったことのない土地……大変そうですが、ロマンがありますね」
 そう、言葉を返してくれたのは後輩の少女アリア。
 クレリッククラスとして信仰呪文を学ぶ彼女は、暗い青色の髪をおさげにしたどこか小動物めいた女の子だ。
 ふわふわしていて、心優しい性格からこの研究部のマスコットのような立場にいる。
「ありがとうな。俺も、未知のトラブルを回避するためにここで魔法に関する勉強をさせてもらうよ」
「へえ、じゃあ新しい呪文の実験台になってくれない?」
 エマ部長は、ニヤリと笑みを浮かべて言う。
 ……彼女は努力家だが、それがたまに変な方向に働いてしまうため時折トラブルを招くのだ。
「えっ、またなにかやるんですか?」
 アリアは引き気味に問い返す。
「またってなによ。大丈夫、今度は変なことにならないから」
「今度はって……失敗した自覚あるんじゃないか」
 呆れたことだ。これじゃ命がいくつあっても足りない。だが……
「いいよ。将来仲間がトラブルを起こしたときの予行練習になるからな」
「そこ、失敗する前提で答えない! ……でも、助かったわ。試験の練習相手に困ってたから」
 突然何を言い出すのかと思ったら、なるほど試験練習か。
「試験の練習なら、最初からそう言ってくれればいいだろう。さあ、試してくれ」
「それじゃあ遠慮なく……“ショート・テレポート”!!」

 エマ部長は、俺にショート・テレポートの呪文をかける。聞いた話によると、これは転移呪文の中でも戦闘向けで、短い距離を瞬間移動し撹乱や緊急避難として運用されるとか。
 だが、俺はどこに飛ばされたのだろうか。辺りは暗く、何やら足元は水たまりのようだ。
 非常にジメジメとしていて、まるで話に聞く密林のように蒸し暑い。
 そして、臭い。なんというか、おしっこを煮詰めたような刺激臭が辺りに漂っているのだ。
「ここは……どこだ? “ライト”!」
 流石にこうも暗いとどうしようもない。エマ部長から教わった簡易呪文、ライトで周囲を照らす。
 だが、照らされてわかったのはここが密室だということ。
 壁は薄桃色をしており、ひだのような線が波打っている。空間はドーム状になっており、出入り口らしきものは見当たらない。
 注意深く見渡すと2箇所ほど穴が空いているが、そこからは耐えず黄金の液体が流れ続けており、とてもそこから出られそうには思えない。
 他に気になるのは、足元に広がる黄金の水たまり……壁から流れ出た液体だろう。その底部に窄んだような穴が確認できた。
「おーい、どこに飛ばしたんだ?」
 この空間にはエマ部長もアリアも見当たらないが、とりあえず声をかけてみる……が、俺の言葉に対する返事はない。
 しかし、彼女たちの声は壁の奥から聞こえてきた。
「あれ、カリムどこに行ったのかしら?」
「部長、まだやっちゃったんですか?」
「ま、またって何よ! たまたま。たまたまだから!」
 どうやら、この壁の向こうのそれもすぐ近くに二人はいるようだが、連絡が取れない。
 ……あまり、いい手段ではないが壁を壊してみようか。
「武器はないけれど……触った感じ柔らかい壁だ。思い切り殴ればなにかあるかもしれない」
 手を強く握り、思い切り殴りぬく!
「きゃっ!」
 しかし、壁は衝撃を吸収し僅かにへこむ程度。だが、気になる変化は起きたようだ。
 なぜかは知らないが、この壁を殴ったらアリアが悲鳴を上げた。
 つまり、この空間とアリアはなんらかの繋がりがあるのだろう。
「おーい、アリア!! そこにいるのか!!」
 俺は再び、声を上げる。今度は壁の向こうにも聞こえるように、精一杯の声を。
「せ、先輩! どこですか!?」
「わからない! だが、その壁の近くのはずだ!!」
 今度は聞こえたようで、返事を返してもらえた。だが、やはり彼女たちから俺の姿は見えないらしい。
「壁? そ、それよりどうして私の……おまたから先輩の声が聞こえるんですか!?」
「は……一体どういうことだ?」
「先輩の声、私のその……おしっこをするところの辺りから聞こえるんです」
 おしっこのする場所から聞こえる、そしておしっこのような臭いが充満する空間。
 まて、それじゃあ俺は……
「もしかして、俺はアリアの膀胱にいるのか!?」

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