ドライアドの苗床

「これは……まずいな」
 宝を求めて冒険をしている俺、アルフは現在ピンチを迎えていた。
 並大抵のモンスター……人間に危害を加える野生生物であれば返り討ちにできるが、今直面している問題はそういった物理的な手段で解決できるものではない。
 俺が今いる場所、アレクサンド大森林は名前の通り非常に大きな森で、更に特殊な磁場が働いているのだろうか、コンパスが狂って機能を期待できない。つまり、道に迷いやすいということだ。
 そんな危険な場所にどうしてやってきたのかというと、この森林の深部には黄金の遺跡があると言われていて……つまるところ、宝探しというわけだ。
「案の定、迷ったわけだけどな……」
 俺はため息を吐く。水も食料も十分持ってきたし、いざとなれば森の生物を狩ってサバイバルなんてことも想定していた。しかし、厄介なことに生き物すらまともに見つけることができないのだ。
「このままじゃ遺跡どころか飢え死にするだけだが……うん?」
 悩みながら歩いていると、今まで見たことがない果物を発見した。色は赤く、熟れたリンゴやトマトのようにも見えるが、パイナップルのようなトゲトゲした外見の果物。大きさは両手で包み込む程度で、程々に食べごたえはありそうだ。
「毒があるかもしれないが……水も食べ物もない今、賭けるしかないか」
 神よ、どうか情けを。などと、信心深くもない俺が祈っても意味はないだろう。だが、最後にはやはり神の天運に任せるしかないのが情けないところだ。
 ガブリと果物に齧り付く。味は……なかなか美味しい。
「これならいくらでも食べられそうだ……うぅ!」
 しかし、なんということだろうか。運はなかった……いや、最期に美味しいものを食べて死ねたならむしろ幸運か?
 ともあれ、果物を飲み込んだ瞬間に俺は意識を手放してしまい……

「……うう、ん?」
 わずかに開いたまぶたに光が差し込む。生きているのか?
 だが、妙に体が重い。これは単に空腹だとかそういうのではなく、なにか重いものにのしかかられているかのような、そんな重さだった。
「あ、気が付きましたか?」
 上空から、若い少女のような声が聞こえる。こんな、動物すら稀な森の中で?
 なんとか目を凝らすと、俺の視界一杯に広がっていたのは幼気な少女の顔だった。それも、ただ近づけて大きく見えるのではなく、まるで天高い場所にあるようなのに空全てが少女の顔で埋まっているのだ。
 特徴的なのはそれだけではない。その肌は茶色のようで、ところどころひび割れている。
「君は……もしかして、ドライアドなのか?」
 ドライアド。森に住む木の精霊で、人間に害を持たないが好んで人前に姿を表すこともない存在。そして、彼女たちの多くは小柄な少女の姿をしている。それが、なぜここに? それも、俺にその巨大な体にまたがるような形で座っていて。
「あ、わかりますか? 流石、こんな森にやってくる冒険者さんですね」
「やはり、そうなのか。だけど、ドライアドはそんなに巨大な存在だったか?」
「えっと、違うんですよ。私が大きいんじゃなくて、冒険者さんが小さくなってるんです」
「俺が小さく?」
 なぜ、という疑問は湧くが、見に覚えはある。もしかして、あの果物が関係しているのだろうか。
「意識を失う直前、変わった果物を食べたんだ。もしかして、その毒なのか?」
「半分は当たってますが、それは原因じゃありませんよ」
「じゃあ一体?」
「あの果物は、私達ドライアドが”狩り”をするために栽培しているんです」
「狩り、だって?」
 一般に伝わるドライアドは、光合成で生きてるからあまり狩猟などとイメージが結びつかないのだが……
「狩りと言っても、動物を殺して食べるなんていうことじゃありませんよ。私達は、果物を動物に食べてもらって、栄養を与えてるんです」
「栄養を与えるのが狩り? 君たちの文化は変わっているな」
「他の地域は知りませんが、多分この森のせいだと思います。ほら、この森は日差しが差さないですから」
 たしかに、アレクサンド大森林はあまりにも木々が密集していて日差しが差し込むのは稀だ。だから、この森で生きるドライアドは光合成に頼らない生き方を見つけたのだろうか。
「栄養を与える果物を俺が食べたのはわかった。だけど、栄養があるのにどうして小さくなってしまったんだ?」
「狩りは、生き物に栄養を与えてから始まるからです。果物を食べてから、眠っちゃいましたよね」
「ああ。そうだな」
「そのあと、実は私達ドライアドがあなたから栄養を吸い取ったからなんです。ですが、最近はこの森自体に動物が少なくて、ちょっと吸いすぎちゃったようで……なんとか死なないように、僅かな栄養でも生きられる大きさにしてしまいました」
「森の生態系の変化、か」
「ごめんなさい、栄養があれば、ちゃんと戻りますから安心してください」
「いや、思うところはなくないが文句は言えないさ。俺も餓死する直前だったしな」
「そう言っていただけると助かります。それで、どうしましょうか」
「どうする、というと?」
「やっぱり、すぐに戻りたいですよね。私もそう思って、あなたが目覚める前に栄養を与えなおそうと思っていたのですが……」
「そんなすぐにできるのか?」
「はい。でも、冒険者さんは嫌がると思ったので様子を見ていたのですが、すぐに戻りたいですか?」
「ああ、このままの大きさだと危険だろうし、生きるのも難しいだろうからな」
「なら、わかりました」

 少女ドライアドがそう言うと、巨大な木肌の指で俺をつまみ上げ、自らの股の前へと運んだ。目の前に広がるのは巨大な木のクレバス。精霊と言っても少女の姿をした彼女の股にあるのはやはり少女に酷似したもので、木の洞(うろ)に近いながらもまるで人間の女性が持つ陰唇のようでもあった。
「お、おい。そんなところに運んでどうするんだ!?」
「あなたには、これから私の洞の中に入ってもらいます。私達ドライアドの洞には栄養たっぷりの樹液が貯まってますので、それを飲んでいただければ、すぐにあなたは元の大きさに戻れると思います」
「そ、そんなところに貯まる液体って……まさかおしっこじゃ!」
 気づいてしまったことを口にすると、ドライアドの少女はどこか顔を赤らめたような表情をする。
「ち、違います! 私達の余分な栄養を出して、健康を維持するための液体がドライアドの樹液なんです。おしっこじゃありません!」
「老廃物ならやっぱりおしっこじゃないのか!?」
「大丈夫です。おしっこだとしても美味しいおしっこだから、むしろ飲みすぎないようにしてくださいね!」
 最後はやけくそになったようで、あるいは言いすぎてしまったのか。彼女は縦に裂けた割れ目を自らこじ開け、内部に俺を押し込んだ。
 人間の女性なら陰唇や尿道などがある不快な臭いに満ちた場所なのだろうが、不思議と不快感はない。ドライアドの木の精としての性質なのだろうか。試しに息を吸い込んでみるとどこか爽やかな空気を肺に入れることができた。
 だが、一息つけたのはそれだけで、そのまま尿道口らしき穴に押し込まれて行き着くところまで入ってしまった。
「ここが、ドライアドの膀胱なのか……」
「ぼ、膀胱じゃありません! 樹洞です!!」
 肌の隙間から薄っすらと外の光が差し込んでいるのか、薄暗いながらも内部の様子はうかがい知ることができた。人間に近い見た目の少女の膀胱(に相当する部分)といってもそこは、やはり木の精だからか。肉感のようなものは薄く、茶色い木の肌で包み込まれていた。
 木のドームの壁には穴が2箇所空いており、そこから黄色い液体が流れ込んでくる。これが、彼女のおしっこ……ドライアドたちがいうところの樹液なのだろう。
 おしっこを自ら飲むことには抵抗があるが、これも元に戻るためだ。それに、彼女が言うには美味しく栄養もあるらしい。興味がないと言ったら嘘なのだ。
 手で掬って飲んでみる……甘い。
「まるでメープルシロップだな」
 甘みがあるが、あっさりとしていてくどくなく。これなら調味料として重宝できるだろう。
 気がつくと俺は、直接尿管に口をつけて飲んでいた。そうだ、俺はもともと餓死寸前だったのだ。そこから栄養を与えられたとはいえ、また死ぬ寸前まで栄養が吸い取られた。だから、こうやっておしっこを飲み続けても仕方がないのだ。

 時々息を整えながらもおしっこを飲んでいると、気がついたら周囲は黄金色の湖になっていた。俺も立ち泳ぎしなければ溺れてしまう程度に体が浸っている。
「そ、そろそろいいですか? ちゃんと飲んでますか?」
 そうしていると、外から空間の主の声が聞こえてきた。
「私達ドライアドの樹洞は固く柔軟性がありませんので、我慢ができないのです」
 我慢……やっぱりこれはおしっこなのでは?
「だ、出します! 勢いがあるので姿勢をとってくださいね」
 そして、膀胱の底部に穴が開き、黄金水の湖は巨大な渦を作り出して俺ごと外へと排出を始める。ドライアドの放尿が、始まったのだ。

 ジョロロロロ……

 黄金の滝と共に、地面に叩きつけられる。さらには顔にも容赦のない樹液の濁流が。
「ふう」
 排尿時には安心して一息つく。これは人間もドライアドも同じなのだろう。
「大丈夫ですか?」
 ドライアドの少女は心配そうに、俺を覗き込む。変なところを打たなかったか、心配してくれているのだ。
「ああ、出す前に言ってくれたからな。受け身を取ることができた」
「そうですか、安心しました。樹液は飲みましたか? しっかり飲んでくれたなら、もう数時間ほどで元の大きさに戻れるはずです」
「助かったよ。あと、美味しかった。疑って悪かったな」
「~~~!!」
 俺はお礼を言ったつもりだったが、彼女は顔を赤らめる……やはり、おしっこという自覚があったのではないだろうか。

 それから数時間。たしかに俺は元の大きさに戻って無事に街へ帰ることができた。
 その後、時々森の環境調査という名目(ちゃんと調べてもいるが)で彼女たちと交流し、時々膀胱に入れてもらって栄養のあるおしっこを貰っているのはまた別の話。

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