縮小魔法医セドリック2

僕はセドリック・カルノー。魔法医と呼ばれる職についている。
魔法医とは名前の通り、己の魔法の力を持って患者を治療する医者のことだ。
普段もあまり人が来ない診療所だが、今日は特別閑古鳥が鳴いている。

「セドリック先生。少しよろしいでしょうか?」

暇を持て余しているそんな折、診療所で働いている看護師のナンシーさんが話しかけてきた。

「うん、なにかな?」

「いえ、仕事のことではないのですが……先生自身のことで少し気になることがありまして」

「僕のことか……なんだい、答えられることなら答えるよ」

「ありがとうございます。その、先生って穢れに強い耐性があるんですよね」

穢れ。
この国で古くから伝えられている不浄の概念だ。
死体、血、排泄物など人が忌み嫌うものに宿り、周囲に悪い影響を与える厄介なものだ。

「ああ。昔ちょっと色々あってね」

「よろしければ、何があったのか教えていただけませんか?」

普段は仕事一筋の彼女にしては珍しく積極的だ。
……どうせ他に聞く人もいないだろう。そう思って、僕は過去を思い出しながら語り始める。

10年前。それは僕が16歳の頃だった。
僕には2つ下の妹がいて、彼女……アリス・カルノーは母から甚く気に入られていた。
しかし、彼女とは対象的に僕は母からはよく思われておらず、何かに付けては嫌がらせを受けて育ってきた。
僕はとある事件をきっかけに家を出て、一人暮らしを始めるようになったのだけど……その事件こそが僕の持つ穢れへの耐性に繋がるのだった。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」

僕が家族の分の朝食を作っていると、背中から声がかけられる。
声の主はアリス……僕の妹だ。
金色の髪を二つに結んだツインテールが象徴的で、14歳ながら幼さを覚えさせるような顔立ちだ。

「どうしたんだい、アリス。今日の朝食は目玉焼きとトーストだよ」

「ううん。お兄ちゃんと今日も話せることが幸せだなって!」

アリスは僕に対してえらく懐いており、ありていに言ってブラコンだった。
それとは対象的に、母の態度は固く……

「セドリック、ご飯は私達の分だけでいいって言ってるでしょう!」

これである。

「もう、お母さん! お兄ちゃんだって朝ごはん食べないと駄目だよ!」

「アリスちゃん……私達の家は貧しいから、節約しないとって言ってるでしょう?」

「お兄ちゃんが朝ごはん食べないなら、私も食べない!」

「そこまで言うなら……セドリック、アリスちゃんに感謝することね」

幸い、母はアリスには顔が上がらず、アリスは僕に懐いている。だから表向きは普通に過ごせている。

「それじゃ、行ってきまーす!」

「行ってきます」

僕とアリスは、こうして学校へと行って一日を過ごした。
だけど、僕はこの日を境に次の日からこの家に訪れることはなくなった。

同日、夜。

「お兄ちゃん!」

背中へと軽い重みを覚える。

「一緒にお風呂に入ろ!」

と、14歳になったにも関わらずに彼女は僕との入浴を迫ろうとする。
(以前風呂場のシルエットを見てしまったときは)体の凹凸が乏しい彼女だが、流石に男女一緒に入浴というのは不味いだろう。
いつものパターンだと、既に衣服を脱いでいるに違いない。
僕は前を向いたまま話す。

「あのな……僕は男でアリスは女の子。流石に思春期のアリスが僕と一緒にお風呂に入るのは不味いだろう」

「えー、でもカナちゃんはお兄さんと毎日お風呂に入ってるって言ってたよ」

「それは……いや、その子が特殊なんだろう。とにかく、駄目なものは駄目だ」

と、どうにかあしらうとアリスは「ぶーぶー」と拗ねているが、これもいつものやり取りだ。
……いつものやり取り、だったはずだ。
アリスはお風呂場へ、僕は居間へ行くと飲み物を飲んだ。
……これが不味かった。
視界は暗転し、僕の意識は手放される。

(う、うん……)

気がつくと、僕はどこか揺蕩うところへと浮かんでいた。
だが、何かがおかしい。
僕の手足に、一切の感覚が存在しないのだ。
痛みもなければ、熱も感じない。思えば、手足どころか体の全ての場所の感覚も存在しない。
だが、不思議なことに視界だけは効いている。
視覚だけを頼りに現状を把握すると、どうやら僕はオレンジ色の液体に揺蕩っているようだ。
意識を左右に向けると、手はない。下に向けると同様に胴も足もない。
そして、液体の周囲はガラスのような壁に覆われている。
……一体どういうことだろうか。
疑問に頭を悩ませていると、扉が開く音が聞こえる。

「お兄ちゃん、上がったよー」

そこに意識を向けると、裸でこの部屋に侵入したアリスの姿が映る。
ツインテールだった髪は肩へと降ろされ、成長期ながら起伏のない胸を隠そうともせずこちらへと歩いてくる。

(おいおい、お風呂から上がったら服を着ろよ)

と、思うも一瞬。疑問が更に浮かぶ。
風呂上がりのアリスがいる、ということはここは自宅なのだろうか。
僕は誰かに攫われたわけではない?

「あれ、ジュースが置いてる。お兄ちゃん、これ何?」

アリスは僕に向けて指をさし、質問を投げかける。が、僕は答えようがなかった。

「うーん……お母さん、これ飲んでいいの?」

「ええ、飲んでいいわよ。それはアリスの為に用意したのよ」

すぐ隣の部屋にいたのか、母が「さあ、飲みなさい」と促す。

「う、うん……喉乾いたし、飲んじゃうね」

そう言って、アリスは僕を持ち上げた。……母は、ニヤリと笑っているように見えた。

(やめろ、ここには僕がいるんだ!)

心のなかで叫ぶが、口に出すことはできず。僕は無抵抗のままアリスの口内へと流されていく。
流された先、本来なら光が存在しないはずの場所は不思議と視界が利き周囲を見渡すことができた。
そう言っても一瞬だが、アリスの歯は毎食手入れされているおかげか純白だった。
それだけを確認すると、僕は瞬く間にアリスの体内へと運ばれていく。

食堂は蠕動運動でジュースごと僕を運んでいく。
運ばれた先は、胃。
無数のシワが刻まれた真紅の肉壁は、夕食から数時間経った今空っぽとなっていた。
僕の意識は、溶かされることすらなく幽門をくぐり抜けていく。
ここで初めて気づいたが、僕はこのジュースと一体化しているのだ。
誰かが……おそらく母が仕掛けた罠に引っかかったのだろう。
アリスを愛する一方で、僕の存在を邪魔に思う母は、遂に排除するために動いたのだ……他ならぬアリスの体を使って。

僕の体は腸へと流されていく。もしも肉の体を持っていたならここでも溶かされる危険が存在していたわけだが、液体の僕にはそんなことはなく奥へ奥へと流され続けていく。
あっという間に長い小腸を抜けると、その先は当然大腸。
粘膜越しに赤い血管が見える。……視覚だけでなく、嗅覚も残っていたのか。この辺りから酷い臭いが漂ってくる。
それは良く言えば牧場の肥料の臭い……まあ、隠す理由もないが、これはアリスの大便の臭いだ。入口部にはまだアリスのうんこはないが、奥の方に鎮座しているであろううんこの臭いがここまで漂っているのだ。
糞便の臭いに包まれながら、僕はまた奥へと流され続ける。……水分は腸壁に吸い取られ、もはや僕の意識はアリスの体によって削られつつある。
抹消されつつある意識の中、僕の体は遂に最後まで流されたようだ。運搬は、正面の茶色い固形物に堰き止められる形で止められた。
……眼の前の茶色の物体。これがアリスの大便である。僕の体はその大便に染み込み、一体化しつつも腸壁に搾り取られて遂には意識を手放した。

アリスの直腸に辿り着き、意識が消えてからどれほど経ったのか。
僕の意識はまた別のところへと放浪してきたようだ。
周囲が無数の赤と青の血管に囲まれた、ドームのような場所。
この空間に運ばれてきた液体は、黄色に変色して一本の管を伝ってどこかへと流されていく。
そして、僕の意識を乗せた液体も例外なくどこかへと流されていく。
金色のウォータースライダーに乗って流された先、そこは地底湖のような場所だった。

金色の湖を持った地底湖は、上部の穴(片方は僕が流されてきた場所だ)から絶えず黄金の水が流れ続けている。
湖底には、窄まったシワがある。周囲を見渡すと、薄く赤い肉壁……やはり、ここもアリスの体内のどこかなのだろう。
嗅覚を頼りにすると、どうやらおしっこの臭いが強く感じられる。
おしっこが溜められている場所……つまり、ここは膀胱という場所なのだろう。
長い間待っていると、膀胱の内部は黄金水でパンパンに膨れ上がる。アリスは我慢しているのだろうか、それとも単に寝ているのか……
もう少し待っていると、湖が激しく揺れる。
そして、体外からトタトタと駆ける音、振動が伝わってくる。そして、トスンという軽い音と振動を感じると、窄んでいた湖底のシワが大きく口を開ける。
湖底の口を中心に黄金色の螺旋が描かれ、僕の意識は遂にアリスの体外へと排出されるのだった。

ジョロロロロ……
という音と共に、アリスの股の間から黄金の滝が形成される。
錆色の湖底、壁……僕の家ではトイレ専用のバケツを使っているのだが、アリスから流れる黄金の滝はバケツの中に濃い黄色の湖を作り上げる。
薄い金色の茂みの中、桃色の綺麗な女性器は口を広げ、その内部にある小さな尿道口から小水を流し続けていた。

「ふう……」

そして、アリスは一息つくと、最後にこの言葉を遺して僕を置いていった。

「お兄ちゃん、どこに行っちゃったんだろ」

「と、こういうことがあったのさ」

僕は、10年前の出来事を包み隠さずナンシーへと語った。

「その……失礼ですがどうして今ここにいるんですか?」

「ああ、それなら簡単さ。母はどこから仕入れたのかわからないけど、僕に液体化の魔法薬を使っていたんだ」

「魔法薬、ですか」

「うん。そして、母はその魔法薬の効果時間を知らなかった。きっと、永遠に続くと思ってたんだろうね」

「つまり、セドリック先生はアリスさんのその……」

「僕は一度アリスのおしっこになって、それから元の体に戻った」

「は、はい。そういうことですよね」

「その通り。で、一度人間の排泄物になったことで僕は穢れに対して強い耐性を持つようになったってことさ」

ナンシーは、複雑そうな表情を浮かべながらも納得したようだ。

「あ、それともう一つ気になったのですが」

「ここまで話したんだ。なんでも聞いていいよ」

「ありがとうございます。先生は無事戻れたんですよね、それならどうして家で過ごさなかったんですか?」

「流石に直接命を狙われたら、呑気に実家で暮らすなんてできないさ。こっそり服とか色々家出の準備をして、それから一人暮らしを始めたんだよ」

「なるほど、先生は苦労していたのですね」

「まあ……そうだね」

僕は苦笑いをして、それでこの話は終わった。
チリンチリンと鈴の音が聞こえる。
どうやら患者が来訪したようだ。

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