眠れる少女

ここはとある冒険者の宿。
ここでは日々様々な依頼が舞い込み、冒険帰りの冒険者たちが酒を交わしていた。
そんなある日、一人の眠れる少女を連れた老紳士が急ぐ様子で扉を開き、一言。

「誰か……危険な地へ乗り込んでいただけるものはおりませぬか!!」

それは、危険な緊急依頼の声だった。
多くの冒険者は剣呑な老紳士の様子にたじろぐが、一人だけ応えるものがいた。

「おう、百戦錬磨の戦士である俺がその冒険に行ってやろう!」

彼は向こう見ずな性格だが、その名乗りの通り数々の冒険を乗り越えた歴戦の戦士である。そんな彼が名乗りあげたことで、突然の依頼に動揺していたウェイトレスの少女も胸をなでおろした。

「それで、どこに行けばいいんだ。ドラゴンの棲む火山だろうと海底遺跡だろうとどんとこい、だぜ!」

「それにつきましてはここで言えることではありませんので……もし、ここの主の方。1人用の部屋をお借りしたいのですがよろしいでしょうか?」

「あ、ああ……金さえ出してくれるなら構わないぞ」

宿の主人である壮年の男性も、この異様な雰囲気に当てられたようでしどろもどろに答える。
その空気を知ってか知らずか、老紳士は未だに眠り続けたままの少女を部屋へと連れて行く。
老紳士に先導されて戦士も後に続き、しばし経つと宿の食堂は何事もなかったかのように元の賑やかな空間へと戻った。

「それで……3人きりにしたってことは相応の事情があるんだろう?」

「ご明察です。これから貴方に向かっていきたい場所は、お嬢様のプライバシーに強く関わる場所ですので」

「そこの女の子のプライバシー? 一体どこだってんだ、まさか女の子の部屋に忍び込めだなんて言わないよな」

戦士は肩を竦めて言う。もしそんなことなら拍子抜けだ、と思わず口にした。

「いえ、事態はそのような簡単なことではないのです。そして、行き先も貴方のような戦士でなければ命を落とすであろう、危険な場所です」

「……それは、一体?」

老紳士の真剣な眼差しに、戦士はゴクリと唾を飲んで聞く。

「それは、お嬢様の体内です」

「体内……? どうしてそんなところに」

「お嬢様は寄生虫型の魔物に身体を蝕まれ、10の頃から8年間目覚めないままなのです」

「そんな魔物が存在していたのか……」

「魔物がお嬢様を生かさず殺さず、寄生し続けるための作用としてお嬢様の身体はあれからずっと変わっておりませんが、やはり起きて歩けないというのは忍びないものです」

「確かに見た目は10歳位の少女だが、本当なら18だったのか……」

「そのとおりです。そして、魔物が巣食うのは2箇所です」

「……一体、どこに」

戦士は固唾をのんで耳を傾ける。この言葉こそがこれから冒険に向かう大切な情報であり少女の命運を左右するものだ。

「それは、大腸と膀胱です。いずれも厄介な場所ゆえ心してかかってください」

「……俺は人体には詳しくないのだが、どれも嫌な予感しかしないな」

「ええ、そうでしょう。どちらも人体の排泄物を司る器官。つまり……」

言葉の続きを聞く前に、戦士は慌てて遮る。

「ええ、その先は言うな! あまり現実を直視したくない! ……それよりも本題だ。どうやって俺がそこの女の子の身体の中に入れっていうんだ」

「失敬。ではこれより貴方の冒険の作戦を説明させていただきます」

ゴホン、と咳込み老紳士は説明を始める。

「まず貴方には縮小薬という魔法薬を使って身体を縮めてもらいます。そして、専用のカプセルに入ってもらい、お嬢様の食事とともに食べられてもらいます」

食事……寝たきりの人間でも栄養を採れるという栄養剤は王立病院が研究開発中であるが、流石にそれは取り寄せることが難しかったのだろう。少女に食べてもらうものは粥、今まで8年間の間彼女はずっと粥のみを食べさせられてきたのだった。
魔法薬とカプセルを手に持って説明は続けられる。

「このカプセルは胃酸に強い代わりに小腸内の消化液……アルカリ性で溶けるようになっています。貴方にはアルカリに強くなる魔法薬を使ってもらい、徒歩で大腸まで向かってもらいます」

「徒歩か……小腸とかいうところは非常に長いと聞くな。確かにこれは並の冒険者には困難な行軍だ」

「ええ、私としても貴方のような戦士を雇うことができて幸いです。次は腎臓への行き方ですが、貴方には大腸の魔物を倒した後更に縮小薬を飲んでもらいます。そして、大腸からわざと吸収されて腎臓まで辿り着き、尿と共に尿管を通って膀胱に行ってもらいます」

「時は一刻を争う……というわけではなさそうだが、早めに動いたほうがいいんだろう? 準備は出来てる、いつでも行けるぜ」

「ありがとうございます。それではこちらを」

老紳士に手渡された魔法薬を飲み干した戦士の視界は暗転し、次の瞬間彼の目にうつるのは周囲の家具、それに老紳士と少女が全て巨大となった世界である。

「……そしてこれが例のカプセルか」

戦士はそのまま床に置かれたカプセルへ入る。それを確認した老紳士は、粥の中に戦士の入ったカプセルを混ぜて少女へ食べさせる。

「さあ、これが今日の食事ですよ、お嬢様……今日はとびきりの薬が混ぜられております」

老紳士は少女の口を開け、スプーンで粥を口内に投入する。その粥の中にはカプセルが混ぜられており、これから戦士の新たな冒険が始まるのであった。

口内、ここは辺りが粥に包まれていてよく見えない。戦士を包んだカプセルは舌の動きに従って喉へと運ばれていく。
ゴクリ、という音とともに、カプセルは喉の先、食道へと運ばれる。
魔物によって眠らされている少女だが、その体は決して死せる者ではなく、無意識の蠕動運動はカプセルを胃へと落とし込む。

ポチャン、と胃液の海へとカプセルは落とされる。
ここでカプセルの周りから粥が剥がれ、戦士は外界を窺い知ることができるようになった。
本来、人間の体の中というのは当然暗黒の世界である。だが、魔法薬に暗視薬を混ぜ込んでいたおかげで戦士には体内でも視界が効いていた。

「ここが……人間の体の中だというのか」

そこは真紅の肉壁に包まれた空間。胃酸の海には粥が漂い、徐々に溶かされていく様子が窺い知れる。
胃壁からは徐々に黄色い液体が染み出している。彼女の胃が食べ物を感知し、正常に働き出したのだ。
次第に胃は蠕動運動を行い、運び込まれた粥をもみくちゃに砕き、十二指腸へと運び出す。
戦士はカプセルの内部にいるため胃酸による脅威からも蠕動運動による破砕からも逃れるが……

「……酔った」

胃の激しい蠕動運動によってカプセルはスクリューされ、上下も左右もない状態となった彼の平衡感覚は崩壊し、激しい嘔吐感が彼を襲う。

「ここは女の子の体の中、戻すわけには……いや、だがどのみち変わらないか」

悩める戦士は結局カプセルの中に吐瀉し、そのまま十二指腸へと運び込まれる。

十二指腸ではヒダで覆われた腸壁の粘膜からアルカリの消化液が分泌される。
その消化液によって、戦士を包むカプセルは徐々に溶かされていき遂には戦士を腸内へとさらけ出す。

「……ここからが本番か。心してかかろう」

腸内の消化液は、アルカリに対して耐性を得た戦士には効果がない。だが、その道程は長い。

「それにしても暑いな……確か人の体温は36・7℃と聞いたが、つまりここはそれほど暑く蒸した世界だということか」

少女自身の体温により、ただでさえ長距離を歩く戦士の体力は奪われていく。だが、歴戦の冒険者たる戦士はその程度で倒れることはない。
ヒダの床に足を取られながらも戦士は第一の目的地である大腸へと到達した。
ここは少女に食べられた粥が成れの果てである大便へと変化する場所であり、奥にはその大便が溜まっている。……無論、多くの宿便を溜め込んだ少女の大腸内で発生している異臭は尋常ではない。

「……ぐっ、この臭いは」

戦士は思わず鼻を摘まむが、あまりの悪臭を前にしては効果はない。

「あの女の子、可愛い顔してその身体にはこんなモノを飼っていたというわけか……」

戦士が襲われたのは、大便……いわゆるウンコの臭いだ。目覚めることができず、排泄もままならない少女の体内には多くの大便が残っている。
それは未だ大腸入り口にいる戦士の前には姿を見せないが、臭いは呆れるほどに自己主張していた。
戦士はこのときほど自らの選択を後悔したことはないが、歩みは決して止めない。立ち止まることは現実逃避にすらならないからだ。
そして、悪臭に涙を湛えながらも辿り着くのは大腸の終着点……否、ウンコの壁である。

「……これまで魔物らしきものは見なかったが、まさかこの奥にいるというのか!?」

さすがの戦士も躊躇をするが、ええいと言っては眼の前のウンコを掘り進む。
何度も悪臭と生々しい柔らかさに吐き気を覚えながらも突き進むと、不自然に開けた空間へ出る。

「見つけたぞ、お前がこの少女に巣食う魔物だな!」

開けた空間、そこにはまさしく少女に寄生する魔物が潜んでおり、突然の襲撃に不意を打たれた魔物は戦士によってあっさりと討ち果たされた。

「この魔物は……目覚めた女の子によって勝手に処理されるだろう。……ウンコとして処理されるのは流石に哀れだが、それも自業自得だな」

第一の魔物を倒した戦士だが、それに安心することなく彼は縮小薬を飲む。
これによって彼の身体は更に縮み、大腸壁によりかかると壁の中へと沈んでいった。

そして、少女の血管の経路を流されて辿り着くのは老廃物のもう一つの到着点……その第一段階である腎臓。
ここは少女にとって不要となった液体を尿とするための器官である。

「少女が眠っている間も、常におしっこは作られ続けているというわけか」

水分は人間の体にとって必要不可欠なもの。眠り続ける少女も水分は採っているため当然尿は作られ続ける。

「……ともあれ、この管を通ればいいんだな」

少女の尿が通過し続ける尿管に身を投げるのは躊躇したが、ここでとどまっても話は進まない。
戦士は意を決して尿管へと身を投じた。

そして、戦士は冒険の終着点である膀胱へと辿り着く。
ポチャン、と戦士が落ちたのは、先程移動に利用した尿管から流れ続ける黄金の滝を貯水する滝壺だ。
少女の体温で暖められ続けるそこは生暖かく、腎臓では深く気にしていなかったが小水の臭い……強いアンモニア臭で満ちていた。

「やはり、こっちはおしっこの臭いが強いな……」

ペッペ、と戦士は口内の液体を吐き出す。彼は尿管で流されている間に少女の尿を口に含んでしまっていたのだった。
その塩辛く生暖かい不快な液体を、いつまでも口に含むのははばかられた。
戦士は魔物を倒すために辺りを見渡す。
ここは意外にも尿が満ちてはいなかった。眠り続ける少女の身体では尿道口を締め続けることはできず、定期的に排尿を行っていたのだろう。
膀胱の中は真っ赤な肉壁……膀胱壁で包まれている。ドーム状のこの空間の上部からは先程戦士が道として使った尿管が2つ、滝壺の底には窪みがある。これは膀胱を閉ざし、不要なときに排尿することを防ぐための内尿道口だろう。
その、内尿道口の近くに目当ての魔物はいた。

「さあ、貴様で最後だ! 消えろ!!」

戦士は小水の湖を潜って、サブウェポンとして持ち込んだ槍を突き刺す。剣では水に押し負けてしまう。それは行為に移る前から予想できる。
なら、槍を使えばどうだと持ち込んでいたのだ。事実、彼が使った槍は漁師が銛を使って魚を獲るかのように効果てきめんだった。

「これで全ての魔物は倒したぞ!」

戦士は高らかに宣言した。それから少し経つと、外から声が漏れ聞こえる。体内にいるためくぐもった声だが、それは幼い少女の声に聞こえた。

「う、うーん。爺や、今何時?」

「おお、お嬢様。遂に目覚められたのですね……!!」

「? どうしたの爺や、泣いちゃって。何かあったの?」

「いえ、なんでもございませぬ……! ところでお嬢様、なにか食べたいものはございませんか?」

「ううん、特にはないけど……ちょっとおしっこがしたいかしら。さっきからやけにムズムズするの」

少女は、戦士が魔物に槍を突き刺した衝撃を感じ取ってそれが尿意に繋がっていたのだ。

「そうですか、ならこちらの瓶にしてくだされ」

「ええ、なんでそんなものに……わかったわ、そんな目で見なくてもするから。でも、おしっこする時は外で待っててね」

老紳士は部屋の外へ出る。それを確認すると、少女はズボンと紐パンツを脱いで瓶へと尿道口を添え、排尿を行う。
今まで10歳から成長が止まっていた少女の股間には毛は生えておらず、ワレメを開いて尿が瓶から飛び出ないようにする。

ジョボボボボ……

それと同時、戦士のいる膀胱内では異変が起こる。
戦士の近くにあった窪み、内尿道口が突然開き渦を巻いて膀胱内の小水を外へと掻き出す。
戦士もおしっこの螺旋に巻き込まれては尿道を通って遂に外界へと帰還する。

戦士は瓶の内側へと叩きつけられ、目がくらむが更に追い打ちがかけられる。
それは、少女の尿道から降り注ぐ黄金の滝である。

「ちょっ、待ってくれ!」

戦士は声を上げるが、まさか自分の体の中から人間が出てきた……それもおしっことともになどと思いもつかない少女は容赦なく戦士に自らのおしっこを浴びせる。
高位水魔法すらも上回る水圧のおしっこに、思わず尿を飲んでしまう戦士をよそに、少女の顔は8年ぶりに自らの意思で行った排尿行為にご満悦だった。

「はぁあー、スッキリした。……あれ、瓶に何かが浮いてる?」

少女が目を凝らすと、自分がおしっこを出した瓶の中に浮かぶ虫のようなものを見つける。

「虫……? わたしのおしっこを見るだなんてエッチな虫さんね」

始め、彼女はそれを虫だと思うが、よく観察すると誤解であったことに気づく。

「……違う、この人人間だわ! 爺や、ちょっと来て!」

少女は部屋の外で待つ老紳士を呼び、事情を知る。
自分が8年前から眠り続けていたことを。そして、それを助けてくれたのがこの虫よりも小さな戦士であることを。

「……この度はありがとうございます。まさか私の身体の中に入ってまで助けてくれる人がいるとは思ってもいませんでした」

「いや、こっちも貴重な体験ができた。冒険をするのは冒険者の使命だからな!」

「……その件ですが」

「あっ」

戦士は言わなくていいことを言ってしまったことに気づく。
眼の前の少女は年端もいかない女の子である。そんな彼女に対して、「お前の身体、良かったぜ!」などデリカシーが無いにも程がある。

「その……これからも定期的に私の身体を検査してくれませんか?」

「……は?」

「い、いえ! 決して変な意味ではないのです。今回のような魔物に対して対抗できる人は少ないでしょう? ですから、貴方のような強い戦士にはこれからも頼りにさせてもらいたいということです」

「あ、ああ。そういうことか、それなら任せてくれ!」

「そ、それに……貴方には私の隅々まで見られてしまったということですし」

少女が小さな声で何かを言っていたが、戦士には聞こえなかった。いや、敢えて聞かなかったのだろう。非常に面倒くさい案件につながると察したのだから。

これからも戦士の冒険は続く。
それは吸血鬼の支配する暗黒の領土かもしれないし、異種族との戦争かもしれない。……はたまた、今回のような人間の体内かもしれない。
一つだけ言えるのは、彼の冒険は死ぬまで終わらないということだ。

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