fantiaの500円プラン作品2021年3月号のサンプルとなります。
本投稿では作品内から一部分を抜粋しています。
https://fantia.jp/posts/1192289
「うう……俺は、一体?」
意識を取り戻した目線は、知らない天井だった。
周囲の様子を伺うと、そこにあったのはデスクに試験管。多数の薬品が入った戸棚。そして、純白のカーテンを備え付けた2台のベッド。
どこかの診療所、だろうか?
しかし、奇妙なことにここにある全ての物体は異様なほどに巨大で、俺の身の丈100倍は超えていることだろう。
そして俺自身も、透明な壁に包まれた状態でなにかの上に立っている。周囲を観察して察するに、巨大な黒い回転椅子だろうか。
「失礼します」
扉……例によってやはり巨大なそれが開かれる。
入ってきたのもまた、その巨大扉にふさわしい巨大少女。
あらゆるものが電脳で管理され、ファッションも相応にシャープな姿が流行となった現代では珍しい、古式ゆかしき黒髪おさげの少女。21世紀初頭に好まれていたセーラー服を着ている彼女は、年の頃で言えば14歳ほどだろうか。大人になりつつも、あどけなさを残しているその姿はこのネオ歌舞伎町にはふさわしくない。
もはやここまで古典的だと、時代遅れというよりは一種のコスプレにも見えてしまうほどだが、彼女からはおふざけのような物は感じられない清楚さが醸し出されている。
「これを、飲めばいいのかな……」
俺に向けて巨大な手をのばす少女。その手の指一本一本が巨大な柱のようで、まるで神話の多頭龍を彷彿とさせる。
「お、おいっ。何をする気だ!」
彼女の手から逃れるべく後ずさるが、半透明の壁に遮られる。ここで、俺は巨大なカプセルに閉じ込められているのだと察してしまった。
「水は……机の上のコップにあるやつでいいのかな」
そのまま「はむっ」と少女に呑み込まれ、真紅の舌に乗せられる。口は閉ざされ、空気も入ってこないが不思議と視界は明るく、窒息する気配もない。
だが、嗅覚もしっかり機能しているらしく。少女の口内が醸し出す異様な臭いは俺の頭をくらくらさせる。
「な、なんだってんだ……」
しかし、そのようなある種悠長とも取れる感想を抱けるのはこれまでだったようで……次に口が開いた瞬間。外の世界からザパァと怒涛の濁流が注ぎ込まれる。
「うおおっ!?」
そして、濁流による勢いのまま俺は少女の喉奥へと運び込まれ……
「んっ」
ゴクリ、そう喉音がなる響きとともに、食道を下ることとなった。
「待て、待て、待て……俺は、食べられちまったのか!? そんな、まだケツの青いガキに!!」
水流と食道の蠕動運動によって下へ下へと運び込まれた俺は、窄んだ穴をくぐり抜けると広い空間へと放り込まれた。
健康的な赤い壁には無数のひだが浮き上がっている。
「ここは……胃袋ってやつか」
周囲には俺を運ぶために一緒に流れた水以外になにもなく、食べ物を溶かすなどという恐ろしい器官のような様相は見せていない。
だが、そんな平穏もわずか1時間ほどで消え失せた。
突然、俺を放り込んだ穴が再び開き、頭上から無数のどろどろとした何かが落ちてくる。
「こ、今度はなんだ!?」
赤い残骸、白い残骸、緑の残骸……全てが規格外の大きさで、ゲル状にドロドロとしているがここが少女の胃袋で、上には彼女の口があるということを踏まえれば予想はできる。
これらは、少女が食べたご飯。それが歯で砕かれ、唾液でコーティングされた姿だと。
「くそっ、俺は……こんな食べ物の残骸よりも小さいってのかよ!!」
だが、異変はそれだけにとどまらない。
グルルォオオオン!!
唸る轟音。そして、その音を狼煙に揺れ動く空間。
「うおお、なんだ。地震か!?」
真紅の大地は波のように揺れ動き、ヒダが覆い尽くす壁はうねり上げる。
ここは胃袋。少女はあどけない姿だったが、その内側では情け容赦のない搾取が行われている。
胃の蠕動運動は俺という矮小な存在には天変地異にも等しく、激しく揺れるこの空間では天地の正誤はおろか、自分がいる場所が地面の方向なのか壁の方向なのかすらわからない。
そして、この状況に耐えられないのは俺だけではなかった。